マザーテレサの生涯について経歴から考える

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まずは、こちらを見ていただきたいです。

よろしくお願いいたします。

まず、当サイト管理者の考えを述べさせてください。

この記事を書く私は、まだ20代そこそこの若造です。

その若造が、マザーテレサの生涯に踏み込む、ということは一体どういうことなのか。

自分ではまだ判断がつきません。

ほんの数か月前まで、マザーテレサに対して私が抱いていた認識は、以下のようなものでした。

世界中の貧しい人々のために献身した、ものすごい人物

自分で言うのも何ですが、語彙が貧層です。

どれほど自分がマザーテレサに対して興味を抱いていないのかが、ありありと分かります。

そんな私が、マザーテレサの生涯について考え、意見する。

そのことは、仮に厳しい評価を自分に言うとすれば、

「お前にその資格はない」

……と、言ったところでしょうか。

ですが、それでも私はマザーテレサの生涯を知りたいです。

理由は簡単です。

私はこのブログで、マザーテレサが残した言葉と向き合う。

そう決めたからです。

だというのに、マザーテレサの生涯を知らない状態でどう向き合うというのか。

なので、

自分なりに必死に、マザーテレサの生涯を考えます。

ここまで読んでくださっている読者の方、

未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

マザーテレサの経歴において、私が心を動かされた場所とは?

例えば、

『マザーテレサ 生涯』

このようなキーワードで検索すれば、マザーテレサの経歴はすぐに分かるでしょう。

ですが、この記事でそれをそのまま真似して書いても、意味がありません。

なので私は、その経歴のなかで心を動かされたものを選び、時系列順に並べてみたいと思います。

現代の若輩者が、マザーテレサの歴史から、まず何を感じるのか。

それをご覧いただきたい。

では、以下にマザーテレサの経歴(改)を記載します。

①マザーテレサこと、アグネス・ゴンジャ・ボヤージュは、1910年8月26日に生まれた。

②1924年~1947年まで、テレサはカルカッタの聖マリア学院で、教師をしていた。

③1946年に「全てを捨て、最も貧しい人の間で働くように」という啓示を受けた。

⑤1950年「神の愛の宣教者会」が創立。「死を待つ人々の家」というホスピスを開設。

⑥「神の愛の宣教者会」の活動は、世界にまで及ぶように。世界規模で貧しい人々を救うように。

                            ウィキペディアより引用

この6つが、私の心を動かした経歴です。

ここから先は、経歴の一つ一つを掘り下げていこうかと思います。

「他にもたくさんあるんじゃないか」

そうお思いになった方は、多くいらっしゃるかもしれません。

事実、その通りだと思います。

ですが、若輩者である私が、大きく感銘を受けたのは、この6つなのです。

これから、詳細を説明してまいります。

よろしくお願いいたします。

経歴を一つ一つ掘り下げてみる

マザーテレサこと、アグネス・ゴンジャ・ボヤージュは、
1910年8月26日に生まれた。

白状します。

私が上の経歴で、抱いた気持ちは一つ。

マザーテレサの本名って、アグネス・ゴンジャ・ボヤージュって言うんだ……。

ただそれだけです。

「それのどこに感銘を受けたの……?」

そうお思いになった方に、正直に伝えます。

分かりません。

どうしてこの文に自分がこだわるのか、紹介したかったのか。

はっきりと答えられないのです。

・もしかすれば、マザーテレサの本名を知らない自分を恥じたのかも。

・もしかすれば、名前のニュアンスに魅力を感じたのかも。

・もしかすれば、説明しきれない感性の問題なのかも。

人間の気持ちというのは複合的なので、上記のような理由が合わさった可能性もあります。

でももしかしたら、自分でも気づいていない、特別な理由があるのかも。

とりあえず、改めて申し上げます。

私がここで記事を読んでくださっている皆さんに伝えたいのは、

私は、マザーテレサの本名に感銘を抱いた。

ただそれだけの事実です。

申し訳ないことに、事実以外のことを伝えることができません。

なので、後は皆さんの解釈にお任せします。

私のような若者が、マザーテレサの本名に惹かれた理由。

もしかしたら、現代の若者を生み出す社会的背景からも色々と膨らませられるのかもしれません。

1924年~1947年まで、テレサはカルカッタの聖マリア学院で、教師をしていた。

私がこの経歴文のなかで惹かれたところ。

それは、『教師』です。

まず、このワードを見た時に私が直情的に思ったことを記載します。

本当かよ……。教師なんてすごく大変な職業じゃないか。子供の相手がどれだけ精神を疲弊させるか……。マザーテレサはなんでやろうと思ったんだ……?
少し誇張して書きましたが、私が抱いた感情はこんな感じです。

1948年には、マザーテレサはスラム街で、学校に行けないホームレスの子供たちを集めて、無料授業を行っていたとか。

教師というのは、他者の人生を左右する重大な職業だと思います。

私たちの現代の教師ですら不足してしまっているという事実。

ましてや、マザーテレサの教師としての過酷さは、本当にどれだけのものなのか。

中途半端な気持ちでは、続けられないことだと思います。

マザーテレサは教師として働いていた。

この言葉を聞くことで、

私は、私自身とマザーテレサとの間に、大きな違いを感じてしまうのです。

私はマザーテレサのようにはなれない。私には何もかも足りてないけど、なにより魂が決定的に違う気がする。

そんなことさえ、考えてしまいました。

もちろん。私のように考えない若者は、たくさんいるでしょう。

現代の中にも、人の役に立ちたいという素晴らしい考えをもっていらっしゃる方はたくさんいます。

もしかすればその中には、マザーテレサのように、本気で世界平和を望む方がいるのかも。

……でも、

これは、私の考えですから。

だから、なんというか。悲観的と思われてしまうかもしれませんが、

私はやはり、マザーテレサのようには絶対になれないと、そう思います。

自分は、自分にしかなれない。

「私ができることって何かな」って、そう思わされます。

1946年に「全てを捨て、最も貧しい人の間で働くように」という啓示を受けた。

『啓示』って何ですか?

そんなこと、実際に起こり得るんですか?

私がこの経歴に惹かれたのは、そんな疑問を抱いたからです。

本当に、それだけです。

「浅い考えだ」

そう思われてしまうかもしれませんね。

実際、本当に知りたいのなら、もてる全ての力を尽くして、『啓示』について調べ上げるべきでしょう。

(もし生きていらっしゃったならば、私はマザーテレサにお会いして、直接伺いたいです)

でも、私はそれをするだけの気力がありません。

ブログ記事さくせいや、小説など、他にやりたいことがあるからです。

つまり、何が言いたいか。

それは、私がマザーテレサを100%理解しようとしていない、ということです。

もっと分かりやすく言います。

私は、マザーテレサとの間に大きな壁を感じてしまっているのです。

それが、私が抱いた感情なのです。

前の項目でも、似たようなことを言いましたね。

ただ、もし彼女のことをほんの少しでも理解できたなら。

私が感じているその壁は、崩れていくのかもしれません。

1950年「神の愛の宣教者会」が創立。「死を待つ人々の家」というホスピスを開設。

ここから先、マザーテレサは貧しい人々のために献身されるそうです。

ホスピス。

死が定まっている方の心の支えになること。

人間の中には、誰にだって少なからず、他者を想うこころがあります。

私だって、誰かの力になりたいって思ったことはあります。

……でも。

実際に行動に移せるか、と問われれば、どう頑張っても限度がでてきます。

恐らくではありますが、マザーテレサにはそれがない。

私は、先ほどからずっと申し上げてきました。

マザーテレサと自分との間に違いを感じる、と。

……ですが、

もう、ここまでくると。

そんな『違い』とか、どうでもよくなってきて。

なんというか。「すごいな」って。

……やっぱり、上手く言葉にできないんですけどね。

「神の愛の宣教者会」の活動は、世界にまで及ぶように。世界規模で貧しい人々を救うように。

もしマザーテレサが生きていらっしゃるなら、聞いてみたいです。

「世界って、どんな景色なんですか?」と。

ここからは、完全に個人的な話になってしまいますが、ご容赦ください。

私のプロフィール詳細の欄に書いてありますが、私は小説家を夢見ています。

ファンタジー小説を書いたりしていて、

よく、世界が危機に陥ったりするんです。

……だけど、

今の私はどうしても、世界の危機をうまく描写できません。

世界を、全然知らないから。

もちろん、ただの勉強不足でもあります。

でも、もしかしたら、

マザーテレサが見ている景色を知れば、小説家としての更なる躍進につながるんじゃないか。

そんなことを思うのです。

本当に、完全に私的な話で申し訳ないです。

ですが、記事を読んでくださっている皆さんも気になりませんか?

マザーテレサの見ている世界はどのような光景なのだろうって。

…………あれ。

私、マザーテレサとの間に壁を感じるって、言ってましたよね。

おかしいな。

マザーテレサのことが、知りたくなってきました。

まとめ

今回、この記事を書くことで、私はマザーテレサのことを少しだけ知ることができました。

非常に、良い経験ができたと考えております。

ですが、正直まだまだ浅すぎる考察でしょう。

なので、この記事は大きく改編することになるかもしれません。

もしくは、新たな記事を加えて作成するかもしれません。

そうやって一つ一つ、成長していくことで、

これから先も、マザーテレサについて、色々と考察していきたいです。

ここまで聞いてくださった読者の方。

本当にありがとうございました。

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